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2026年7月25日土曜日

用心。用心。常に用心。

 先日骨折をした。カヤックのトグルを右手で掴んで陸に引き上げようとしたのだが、岩場で足をすべらせて転倒。身体を支えようとした左の手首に激痛が走った。
小学校にあがってすぐにプールサイドで転倒して左肘骨折したことがあって、でもそのときはそれほど痛いと思わなかったが今回は目から火が出るほど痛かった。骨折ってこんなに痛かったのか。翌日の手術の後もさらに痛みが酷くて、左腕全体をアフリカゾウに踏まれているような(いや誇張じゃなくて本当に!)、少しマシになるとインドゾウ、その次がマントヒヒと、腕に乗ってくる動物は変われど身の置きどころのない痛みに身悶えて輾転反側。痛みは周期的にやってくる。ましになったかと思ってしばらくするとまた強烈な痛みがやってきて、今度はヒグマに左腕を甘噛されて振り回されているんじゃないかと、まあ、そういう凶暴な痛みも徐々に薄らいでなんとか今日を迎えることが出来た。

さてでも今日書きたかったのは痛みの話じゃなく用心について。
僕は10年近く前にメニエールになってそれからというもの難聴とめまいとの長い付き合いが続いている。もともと人の話を聞かないタイプなので難聴は苦痛ではない(不便だけど)が、めまいはやっかいだ。
常に目が回っているわけではないので幸い普通に生活できているが、ふとした拍子に、例えばつばを飲み込んだりゲップしたり、耳元で大きな音がしたり、そういった瞬間にクルッと目が回る。たぶん耳管の内圧の変化や聴覚刺激で内耳道内の蝸牛神経と前庭神経が電気的に混線してめまいを引き起こしているのだろうと想像している。
ま、それはともかくその手のヒョイッとした一瞬のめまいがクセ者で、これが原因でなにかに頭をぶつけたり足を滑らしたり転倒したりする。

だから以前「日常生活の冒険者たち」(リンク)という文章を書いたけど本当に気を付けなければならない。
今回の転倒骨折はめまいのせいじゃないけど、足を乗せる岩が苔でヌメっていることは以前から知っていたのに油断してしまったのだ。
それで今日頭に浮かんだのが「用心」という言葉。
用心っていつ頃から使われだした言葉なのだろう、そして本来の語義は?と調べてみたら

1. いつ頃から使われ始めたのか?

  • 初出(平安時代初期): 記録に残る最も古い例(初出)は、平安時代の9世紀前半(835年頃)、空海の弟子たちが編纂した詩文集『性霊集(しょうりょうしゅう)』とされています。
  • 武家社会への定着(鎌倉時代): 鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』(1181年の記述)などでは、敵の襲撃や刺客に備えるといった「警戒・防衛」の意味で盛んに使われるようになりました。
  • 「火の用心」としての広がり(安土桃山〜江戸時代): 安土桃山時代、本多重次が妻へ送ったとされる有名な手紙「一筆啓上 火の用心…」や、江戸時代の防火のお触れなどを通じて、庶民の日常生活に「火の用心」というフレーズとともに深く浸透していきました。

2. 本来の語義と漢字の成り立ち
漢字をそのまま解釈すると「心を用いる(配る・使う)」となり、本来の語義は以下の通りです。
根本的な語義:「心づかい」「気配り」
本来は「周囲や物事に対して配慮し、心を砕くこと(意識を働かせること)」全般を指していました。
・本来の意味: 心づかい、配慮、意を払うこと、事前準備
・派生した意味: 万一の危険や災いに備えて注意を怠らないこと(警戒)

ということらしい(以上Gemini AIによる)。
「周囲や物事に対して配慮し、心を砕くこと(意識を働かせること)」
つまり無意識君に任せていた仕事を意識君にさせるということ。一挙手一投足を意識の管理下に置くということ。いや100%は無理だけど、なにか不測の事態が起きそうな場面や何か起きると取り返しのつかない事故に繋がりそうな場面では無意識君から仕事を取り上げて意識君に仕事をさせることが重要なのではないだろうか。
そういうわけで、今日の標語は用心。用心。常に用心。

2026/7/25

2026年7月10日金曜日

上下がズレる

 



僕は以前よく赤瀬川原平さんの「二つ目の哲学(ステレオ日記)」という本で立体視を楽しんでいたが60歳になった頃から2つの画像を脳内で重ね合わせることが出来なくなった。
どういうことかというと、左右の写真を同じ距離まで近づけることはできるのだが、上下がズレていて重ね合わせられないのだ(本を少し斜めにすると重ねることが出来る)。
僕はそのことをあまり問題視(笑)していなかったのだが最近そのズレが大きくなってきた。

僕の場合は右の視界が左よりも少し下に見える。それで3年前に今のメガネを作ってもらったときにそのことを眼鏡士に伝えて右のレンズの中心点を少し上にズラしてもらったら見え方が楽になったのだが、先日ふとしたことで左のレンズに傷が入ってしまった。左だけでもレンズを新調しようと思って眼鏡屋さんへ行って相談したら3年経って視力も変わっているだろうから検査しましょうと。

調べてもらったら左右とも近視が2段階ゆるくなっていた。そうかー。それで最近パソコンのモニター画面が見づらくなっていたのか、じゃあせっかくだから左右ともレンズを新調しましょうと。そこで例の上下のズレについて眼鏡士さんに話してみたらプリズムレンズというのがありますと。それを検眼枠にはめてもらったらびっくりするほど視界がスッキリして上下のズレが無くなった。レンズを注文するときにこれを追加してもらえばよいのだ(3,000円くらい余計にかかるのと少しだけレンズが分厚くなる)(注1)。

えーーーっ!?こんな簡単なことで長年困っていたことが解決するのか。ちょっとビックリして笑ってしまった。ネットで調べてみるとこれはサギングアイ症候群といって高齢者の斜視の原因のかなりの割合(60〜80代以上の高齢者では半数以上)を占めているらしい(注2)。

サギングアイ症候群というのは簡単にいうとトシをとったせいで目玉を支える組織が緩んで目玉自体が下方移動することで生じる斜視のことで、誤解・誤報のリスクを承知の上でいえば、笑点で落語家が座布団3枚の上に座っていたのが2枚抜かれて座布団1枚の上に座れば自分が下がった分観客席が上に見えますよね。
だから僕の場合は右目の視界が左目よりも下に見えるということは、左目の視界が右目よりも上に見えているということで、これは左目の座布団が減って左目が下に下がったせいだと。
とまあ、まだ注文したばかりで出来上がりは実際どうなのかについては後日この記事に追加するとして、専門の方からこの説明は間違っているというご指摘があれば訂正もしくは削除させていただきますのでご連絡下さい。

注1:プリズム度数に応じて、レンズ全体に「傾き(厚みの偏り)」を持たせた特殊設計のレンズをメーカーが削り出します。
注2:斜視の原因は様々でありほかに問題がある場合もあるのでまずは眼科受診を(必要に応じて「脳神経外科」や「神経内科」へ紹介される場合もあります)。

2026/7/10




2026年6月8日月曜日

このごろ無意識君のミスが多い




 僕が日頃から感じている印象としては、人間のやることの9割方は無意識がやっている気がする。普段無意識君のやることにあまり間違いはないが先週から無意識君の失敗が多い。脳が劣化してきているせいかもしれない。それでそれをChatGPTに漫画風に書いてもらった。

2026/6/8

2026年2月18日水曜日

スマホ腱鞘炎

 


3日前から左の親指の付け根が痛い。スマホで画面をスクロールするのに親指を使いすぎたせいだ(スマホ腱鞘炎(ドケルバン病))。それで二日前からスマホを使うのをやめた。Geminiに相談したら軽症なら1~2週で症状が軽減するがとりあえずテーピングをやってみたらというのでさっそくビニールテープで固定した。

2026/2/18


2025年9月29日月曜日

風邪をひきかけたら

 

令和7年9月28日(日)
朝起きたら寒気を感じたのでエアコンの暖房を入れてハイネックシャツを着て麻黄附子細辛湯を飲んだ。風邪か?さらに冬服を着込んだがどうも怪しい。まだ熱はないが慌てて熱めのお風呂を沸かして4~5分入浴し、例によって長いタワシ(こういうのリンク)で背中を重点的に身体全体をこすりまくって、赤剥けヒリヒリした状態で交感神経を活性化させるために熱い浴槽内で正拳突き1~2分。風呂から上がってよく身体を乾かしたあと厚着したまま寝床に入ったらじんわり発汗。昼には回復して普通に昼食。夜も早めに寝た。

令和7年9月29日(月)
すっかり元の体調に戻った。

2025/9/29


2025年9月14日日曜日

Forever flexible(いつまでも柔らかく)



Bob Dylanの曲にForever Youngという曲(リンク)がある。
ずっと若くいられるわけではないが最近僕が心がけているのは
柔らかくあること。
朝食を摂って緑内障の目薬をして、さて3分間目を閉じているあいだ暇なので体操をする。
その体操は自己流で、前屈したり後屈したり、側弯したり、体幹をねじったり、首も前屈後屈、側弯、回旋。
その多くの動きは脊柱の可動域を広げるためのもので、考えてみるとラジオ体操第一には上記の動きの多くが含まれている。

追記: 最初softと表現したがsoftは押さえると凹む方の柔らかさでした(笑)。




2025年2月17日月曜日

排便習慣について



 今年1月は二度ラキソベロンの力を借りたがほぼ毎日、一日一回の排便があった。2月に入ってからは、ラキソベロンの力を借りずに毎日、日に二~三度排便出来るようになった。
これは僕が毎日が日曜日で、わずかでも便意を感じたらその機を逃さずトイレに行くことが出来たからだ。毎日仕事をしていたらこんなことは絶対に不可能だ。縄文時代なら仲間と狩りに出て野原で便意を感じたら、「オレちょっとうんこしてくる」と言って排便することも可能だろう。だが現代ではそれは不可能なのだ。

現役当時は前回いつ排便したかを覚えていないほど、時には一週間も排便がなく、石のように硬い便をひり出すのに苦労して自分で尾骨と肛門の間を指でマッサージしてようやく排便をみたり、それでも追いつかないときは結局猛烈な腹痛を伴う虚血性腸炎になったりした。
こんな生活をするうちに身体は食事→便意→排便という自律神経の反射の機能が衰退してしまって便意も感じなければ仮に便意を感じても排便を促す腸管蠕動も衰えてしまう。僕の場合はこの排便にまでつながる自然な反応が復活するまで、退職後七年余りもかかってしまった。
便が出ない日が一日でもあると、出口に近付いていた便から水分が吸収されて固くなって便秘につながる。だから最低でも、ごく少ない量でも、毎日一回は排便があるというのが理想だ。便意がなくても、朝食後一定時間便座に座る習慣も大切だ。
ちなみに僕はトイレに書き込みができるカレンダーを押しピンで貼って毎日の排尿と排便回数を書き込むようにしている(上記写真)。
自分が一日に何回おしっこが出ているのか、前回の排便はいつだったのかがわかって楽しい。正の字は排尿回数。黒丸は排便で黒丸の大きさで便の量を表している。カタカナの「ラ」はラキソベロンを使った印。

しかしこれにこだわりすぎるとこれまたよくない。たまには全く便意がない日もあるのだ。特に前日にたっぷり便が出た翌日など。
そんなとき、絶対便を出すぞと力んで腹筋に力を入れて、ない便意を呼び覚まそうとすると、まぁたしかにそれで出るときもある。しかし必要以上に力むと痔になる。
僕の場合は今年2月に入って毎日二~三回排便があり(妻はこれが普通だというが僕にとってはこんなことは生涯で初めてだ)そのペースを崩さないようにトイレで力んでいるうちに痔になった。肛門縁の右端に小さいが有痛性の結節が出来た。これは努責による痔静脈の怒張だろう。そこで少量のベルクミン軟膏に少量のマイザー軟膏を混ぜて指で肛門に塗布したら2日で結節が消失した(医学的根拠は全くありません)。やれやれだ。まぁ、出ない日もあるというくらいの気持ちが大切だろう。

ちなみに排便のための工夫としてはたまに使うラキソベロン(1~2日出なかったらコップ半分の水に容器をギュッと一回絞って飲む。1ccくらいかな。約半日くらいで強い便意が来る)というのと、それから毎日の工夫としてはバナナ一本とりんご1/4個とヤマイモ厚さ1cmとビフィズス菌末BB536のスティック1本と牛乳100ml+水300mlくらいを全部ミキサーで撹拌して朝飲んでいるのと(これについてはどの程度効いているのかは不明)、マグミット330mgを昼食後と夕食後に2錠ずつ服用している(このとき最低コップ一杯の水分と一緒に服用するのが大切。下痢するようなら服用をスキップ)のと、最近は愛用のnalgeneの容器に高千穂漢方研究所 発芽はとむぎ茶を1包と900mlの熱湯を入れて一日かけて飲んでいる(これも効果の程は不明)。あ、あとは漢方の乙字湯を数日服用して痔と便通を整えたり。

それからもう一つ大切なこと。それは排便時の姿勢です。

従来日本人は上図の左のようないわゆるうんこ座りで排便していました。しかし生活の洋風化に伴い現在ほとんどの日本人は右のような姿勢で排便していると思います。
僕ももちろん右の洋式便器を使っていますが、あるとき左のような姿勢になると便が出やすくなることに気が付きました。洋式便器で左のような姿勢をとるのは困難ですが、右の姿勢のまま体幹をもっと強く前屈させて、足元を覗き込むような姿勢をとるわけです。そうすると腹圧がかかって便意を呼び込みやすくなります。こちらのサイト(リンク)にはそのあたりのことをより詳しく説明しているので興味のある方は御覧ください。

以上は僕のやり方で他の人にも有効かどうかは全く不明であり有害事象が発生することがあります。それから便秘には様々な原因があるので上記のやり方を試みてみようと思う方はまずはお近くの病院やクリニックにご相談ください。お身体の状態によってはラキソベロンやマグミットや乙字湯が使えなかったり副作用が発生する場合もあります。大腸ファイバーで大腸に問題がないかどうか確認することも大切です。

ウーン、コんなこと書いてよかったのかな。まぁ以上は僕の排便習慣の話で、この方法を推奨しているわけでもないし、どう読まれるかは各個人の受け取り方次第だからね。








2025年1月31日金曜日

体幹をひねる運動

 



朝緑内障の点眼をして目を瞑っているあいだに自己流のストレッチ体操をするのが日課。ヨガ風に体幹を後ろに捻じる動きを、出来るだけゆっくりとやる。水平にねじるだけじゃなく、斜め上方に、あるいは斜め下方にねじる。目を瞑っているのでとても不安定。倒れそうになるのを、足の裏の感覚でつま先に力を入れたり緩めたりしながらバランスをとる。なかばカヤックのためなのだが、このストレッチが誰に教わったわけでもなく自然にやり方が変化していくのが我ながら面白く感じている。





2024年9月23日月曜日

視野狭窄

最近パソコンのモニター画面でマウスのポインターの位置を探すのに苦労することが多いが、それは緑内障の視野狭窄で視点の中央しか見えていないせいだということにふと気が付いた。ということはポインターをぐるぐる回しながら同じく視点も画面の周囲をぐるぐる探索すればポインターを見つけることができるわけだ。







2024年6月15日土曜日

間食をやめるだけで体重は減るか?

 今僕は67歳で体重は71キロ以上あるがフルで働いていた三十代や四十代の体重は60キロ台だった。
以前の体重に戻したくて運動したりダイエットしてもあまり効果がない。いやもちろん食事を減らしたり運動すれば当然体重は減るがその分お腹がすいて間食したりするので元の木阿弥だ。

じゃあダイエットせずに運動もせずに普通に三度の食事をしたらどうなるか?
ところが普通に三度の食事をしているだけなのに体重が徐々に増えていく。
普通に三度の食事をしているだけなのに、いや合間にちょっとお腹がすいてチョコレートを1つ食べたり飴をなめたりせんべいを一枚食べたりする。こんなあめ玉一つ、せんべい一枚、カロリーで言えば微々たるものだろう。そんなものが体重に影響するのだろうか。いや増える。それは実感としてある。なぜこんなもので体重が増えるのか?カロリーイコール体重ではないのか?

つまり体重の増減は摂取カロリーの総量とは別のメカニズムがあるのでは?
そこで三度の食事は普通にがっつり食べて間食だけをやめたらどうなるかを実験することにした。もともとそれほどたくさん間食はとらないので一日の摂取総カロリー量はそんなに減っていないはず。

矢印が間食をやめた日。間食をやめてから2週間以上経過したが徐々に体重が減ってきた。
どうも間食をやめるだけで結構効果がありそうだ。
そこでそのメカニズムを考えてみた。

縦軸に脳の幸福度(上に行くほど満腹でハッピー、下に行くほど空腹でアンハッピー)、横軸は時間経過。
食べると脳はハッピーになるが、やがてお腹がすいてくる。飢餓感。お腹がグーッと鳴って切なさを感じたりするが、人類が生まれてこの方、我々はこの感覚と戦ってきたようなものだ。今のようにちょっとお腹がすいたからコンビニでパンを買って食べるなんていうことが出来なかった昔は飢え死にしたり、食料の奪い合いで殺し合ったりしてきたのだ。切実なモチーフであり、それが人類を発展させる重要な動機でもあった。
だからこの空腹感は必ずと言っていいほど我々に何らかの行動を促すのだが、今は基本的に食料に困ることのない時代なのでこの欲求に身を任せると確実に太っていく。特に代謝の低下した高齢者にとっては普通に食べていても太るのだ。
で、何が言いたいかというとこの空腹を感じているときに脳は何を考えているか。

このピンクが満腹感を、青い領域が空腹感を感じている領域で、その時脳が感じていることは↓

で、この青い脳が考えている「次の食事までの間は脂肪を燃やしてしのごう」というのがポイント。
ところが間食するとどうなるか?

この、「脂肪を燃やす必要がなくなった」と脳が考えることこそ
たかがおやつで太ってしまう原因ではないか。

問題は間食のカロリー量ではなく、間食が「脂肪を燃やす」から「脂肪を燃やさない」へのポイントの切り替えをやっている可能性がある。そしてこのポイントの切り替えは間食のカロリー量の多寡に寄らないと。だからあめ玉一つで太る。ポイント切り替えにはあめ玉一つで十分なのだと。

この仮説を証明するのはわりあい簡単だ。対象をⅡ群に分けて間食する群としない群に分けてそれぞれの摂取カロリー総量と体重の推移を比較する。しない群とした群の体重差が摂取カロリー量の差以上!あれば、しなかった群ではより多く脂肪が燃焼した可能性がある。